普段はほとんどテレビを見ないのだが、昨日の朝はリモコンを押した。
すぐに、砲弾によって荒廃した街の様子と、
寒空の下、インタビューに答える女性が映し出され、
ああ、と思った。
ウクライナだ。
―——ここでチャンネルを変えるのは自由。
何か災害や事故、戦争の報道を多量に見ると、
自分の感情が持っていかれる。
心を遣ったままになり、身体も重くなったりする。
だから、特に日々伝えられる戦時下のニュースも
なるべく控えめに。
自分のメンタルのために、日常のために。そう思っていた。
でも、この日の朝、私の手が止まった。
テレビ画面の向こうでは、ウクライナのある街で、
立派なクリスマスツリーが立ち上がろうとしていたのだ。
◆いつもの風景を取り戻すために
ロシアの侵攻以来、初めて迎えたクリスマス。
ということは、これは昨年末の話。
でも、ツリーを飾るのは、ウクライナのこの街の人にとって、
一年に一度の重要な “ライブ” で、
木はいま私たちの目の前で、緑濃く、天に伸びゆくように思えた。
例年よりかなり小さい木だというのだが。
それでも、ビルの3階建てぐらいの高さまでそびえたツリー。
見上げる人々。
昨年の今頃はこんなクリスマスになるなんて
思ってもみなかった、という悲しさと、
それでも今年も街にツリーが立った、という希望が、
ないまぜになった、彼らの目。
私も一緒にその寒空を見上げる。
街の避難所では、日本の支援者から届いたという様々なお菓子が、
丁寧にクリスマス用に袋詰めされていく。
子どもたちに少しでも、この季節のお祝いを味わってほしいと。
受け取りに来る子どもたちは、4歳から10歳ぐらいまでだろうか。
お菓子を前にうれしそうだが、頬が白く、少しこけていて、
成長が心配だ。
◆クリスマスの奇跡って?
そして、避難によって別々に暮らす人々の様子も知ることになった。
テレビ一面に、Zoomのような画面が映し出された。
戦場の父、家に残った母、避難中の子どもたち二人が、
それぞれ画面に向かって懸命に手を振る。
「クリスマスおめでとう!」「おめでとう!」
画面の向こうと、こちら側で、声をかけ合う4人。
私たちがコロナ禍を経て、オンライン会議から飲み会まで
日常的に使うようになったZoomのようなツールが、
こうしてウクライナの戦時下の人々にも、活用されているのだ。
姉と弟だけでさびしい、と言う子どもたち。まだ高校生ぐらいに見える。
家族4人が当たり前だった生活が、クリスマスが、この1年で崩れた。
急に、父親が、少し謎をかけるように言い出した。
「クリスマスには奇跡が起こるって、知ってるかい?」
首をかしげる子どもたち。
微笑みながら父は、答えを待たずに、すぐに画面ごと消えた。
これが、奇跡? と、ざわめく子どもたち。
だけど、そのとき母の画面が明るく広がって。
次の瞬間、母の隣に父が座っていた…!
実は、戦地から休暇で戻ってきていたのだ。
子どもたちの歓喜と笑い声。
母の肩を抱き寄せる父。
「一緒にいられるって、すばらしいね」
女の子の言葉に、私にもざわざわとしたものが走る。
家族が一緒に暮らしていても、“すばらしい” どころか
心から”良いな” とも、言えないからかもしれない。
◆空駆けてサンタが届けたものは
番組では、もう一組、姉弟が紹介された。
日本に避難してきており、彼らも高校生ぐらいだろうか。
しっかりしていそうに見えるが、あどけなさも残る。
二人は、日本から家族にクリスマスプレゼントを送っていた。
それがようやく、ウクライナに残っている両親の家に到着。
日本とウクライナ、オンラインでつないで親子の会話が始まった。
この家族の場合、ウクライナ側の画面には母しかいない。
父は戦場に出ているのだ。
はるばる戦火を超えて子どもたちから届いたプレゼント。
現地での生活を守ってくれる、充電型の懐中電灯も入っていた。
母はすぐそこにいるかのような、堂々と大きな声で、
日本にいる子どもたち二人に呼びかける。
「あなたたちを誇りに思う。やれば何でもできるわ」
子どもたちは、この後、きっと何があっても
母の言葉を忘れないだろう。
そして母が開けたプレゼントの箱には、カードもあった。
折りたたまれたサンタクロースが立ち上がり、空に駆けあがると、
“諦めないでね。応援しているから”
子どもたちからの手書きのメッセージが、母の手元で
確かに読み上げられた。
――—クリスマス。古くからこの時季を祝ってきた人々の暮らしを想う。
同時に、言葉の持つ力が、どんな時も人を支えていくのだと。
◆番組情報
https://www.nhk.jp/p/bs1sp/ts/YMKV7LM62W/episode/te/96N4J83PW6/