narrative voyage ~旅と今ここを見つめて

多様な世界を感じるままに。人が大切な記憶とつながっていくために。

小さなお客様からのギフト ~ギャラリー仕事で出会うもの

 

仕事場はギャラリー、というと、

たいてい「いいね、素敵だね」という反応が返ってくる。

 

多くの人は、“アート作品に囲まれて、豊かな時間を過ごせている”、“いろんな人に会えて楽しそうな”雰囲気を想像するのではないか。

 

確かにそんなふうに思える日もある。

だけど、自分ひとりで終日誰とも話さずに終わることもあって、それはイコール、誰も来ない日があるということ。

 

特に現在開催中の展覧会のように会期が長いと、スタート当初はやって来たお客さんも、もう次の展示を待っている状態なのだと思う。街で人気の隣の喫茶店を目当てに来た人が、1人2人、たまたま興味を持って入って来てくれればラッキー、ぐらいな客足だ。

 

そんなひっそり終わりがちなギャラリーに、数日前、思いがけないお客様が来た。

 

通りがかりの家族連れだ。

30代ぐらいの男女と、小さな女の子。

 

子どもはまだ4歳ぐらいだろうか。

歩くのは慣れてきたものの、走り出すと転んだりするぐらいの年頃で、両親と思われる二人が静かな表情で見て回るのと対照的に、笑顔でいっぱい。

自分の背丈からは見上げる位置にある絵画作品たちを、きらきらとした目で見つめている。

 

女性が女の子に、「いいな、この絵。ママはこの絵が素敵だと思う。」とつぶやいた。

女の子にも「○○ちゃんは、どれが好き?」と聞いたが、子どもはひたすら笑顔でギャラリーを自分のペースでくるくると歩き回っている。

 

特に疲れた様子も、とりたててはしゃぐ様子も無く、ひたすら気持ちのおもむくままに。

8畳ほどのこのスペースをゆったりと。

いま思うと、わずかに両腕を広げ、その小さな全身をアンテナのようにして、歩き回っていた。作品だけでない、この場の雰囲気を自分の小さな全身で感じ取ろうとするように――—

 

そんな子どもを目の端で見守りながら、男性は入口にあるグッズコーナーで、静かにクリアファイルやノートを手に取り始めた。グッズは所属作家さんたちの絵画作品から、美大出身のスタッフが制作しており、このギャラリーの魅力の一つだ。

 

私が少し説明をと立ち上がりかけると、女性もグッズコーナーにやって来た。

彼女が迷いなく手を伸ばしたのは、壁沿いのポストカードスタンド。

そしてまた、迷いなく、先ほど気に入っていた作品のカードを見つけ、手にした。

「こちら、買っていきます」

 

私は「ありがとうございます」とだけ言って、日頃付け加えているグッズの説明を思いとどまった。

ポストカードを手にした女性の脇に、女の子がいたことに気づいたからだ。

いつの間に見つけたのか、カードを1枚、大切そうに持っている。

 

「○○ちゃんは、それにするのね」

女性がたずねると、女の子はしっかりとうなずいた。

 

小さな指の間から見えたのは、今回の展示作品ではない、鳥の絵だ。

桃色の画面いっぱいに、おしゃれに着飾った鳥たちが描かれている作品のカードで、女の子は部屋の隅にあったこのカードスタンドで、お気に入りの作品に出会ったのだった。

 

「わあ、これ、かわいいですよね。」

私もうれしくなって、その作品が載っているカレンダーを見せた。

女の子は特に何も言わなかったが、丸い頬を赤くして、満足度の高い笑顔でカレンダーの鳥たちを見つめた。

 

カレンダーまで売れることにはならなかったが、女の子は自分のお気に入りの鳥のカードを買ってもらい、家族は「じゃあ、行こうか」とおだやかに、でも少し急ぐようにギャラリーの戸口へ向かった。

彼らはそれほど長くギャラリーにいたのでもないが、グッズを買ったことで、不思議の国のアリスのように意識が少し現実に返ったのかもしれない。

 

私はいつものように「ありがとうございました。お気をつけて」と見送り、重い扉をゆっくり閉めた。

家族は小さくおじぎをして、ゆるやかにガラス戸越しに歩いていく。

でも、その歩みは思ったように進まないようだった。

 

「○○ちゃん、何?どうした?」

なかなか歩いていこうとしない女の子に、女性が少し困ったように話しかける。

 

その様子に、トイレに行きたいのかも、と思い、聞かれたら案内しようと立ち上がると―――

 

「何度もすみません」

女性が再びギャラリーのガラス戸前に立って、申し訳なさそうに私に呼び掛けた。

 

「すみません。この子が、お姉さんにどうしてもこれを見ていただきたいって―――」

彼女は女の子と一緒に戻ってきていた。

 

私に、見せたいもの?

ドアを開けて、初めてその子の目の前に、目線と同じぐらいにかがんでみると、女の子はいきなり自分と私の顔の間に、ふにゃっとしたピンクの布のかたまりを差し出した。

 

彼女は何も言わないが、どう?かわいいよね?と満面の笑顔で私に語りかけている。

 

心持ち後ろに下がってみると、布のかたまりはびっくりするほど派手なピンク色で、タオル地でできた、手足の長いカエルだった。

女の子にとって、自分用の小さなリュックサックから取り出された宝物であり、きっと大切な友だちであり、小さな家族のような存在でもあるのかもしれない。

 

「ありがとう。かわいいね~」とお礼を言って、私は瞬間的にカエルの名前を聞いてみた。

 

女の子はちょっとはずかしそうにママを振り返る。

結局、名前はカエルちゃん、なのだそうだが、初対面の子がこの人に見せたいと思って、わざわざ戻って来てくれたことにじんわりとした感激があった。

 

「ありがとうございました。」

ガラス戸の向こうに子どもが少し走り出し、家族がほっとした様子で表に出ていくのが見えた。

 

今日はギャラリーに居られて良かった。

 

4歳ぐらいの小さなお客様が、ギャラリーにいた私に見せてくれた大切な“友だち”は、

私が昔、旅先で出会い、持ち歩いていたカエルの人形も思い出させる、大切なものだった―――

 

職場のギャラリーではないけど、女の子から見えたサイズ感はきっとこのぐらい―――

 

お題「最近の小さな幸せ」