narrative voyage ~旅と今ここを見つめて

多様な世界を感じるままに。人が大切な記憶とつながっていくために。

この空の向こうに⑮ ~大相撲と秋の空、コピー機で子どもと。

今回は、少し長めの日記的なものになりそうです―――

 

絶対的な行楽日和

 

ようやく地元にも、秋らしい、からっと晴れた日到来のこの頃。

 

特に昨日、月曜日は、太陽も出てくることを約束しながら、

一日涼しい予感というのが、朝から見て取れるような

素晴らしいさわやかさがあった。

 

自分の休日である月曜は、結構疲れを感じてがっつり休みモード

というのがお決まりなのだけど―――

 

週末の鎌倉仕事も、良い汗かけた感じで、

(ギャラリー仕事だから、目立って汗かくようなことはないのだが、

おかげさまで新しく始まった個展が盛況。お客様が絶えなかった…!)

月曜になっても、何だか心身どこへでも出かけられそうな

元気さがあった。

 

そしてこの、行楽日和的な秋の晴天。

もう出かけるしかないよ、と週初めから珍しく、

いろんな行先を考え始めた―――

 

しかし、10時頃。

やはり笑顔で外出しようとしている妹が聞いてきた。

「相撲はもう観たの?」

そういえば、特に今場所は極力観るようにしてきた“大相撲”が

自分は13日目で止まってしまってたことに、気づいた。

 

仕事だった土日は、結果も見ないように頑張ってきたというのに、

これであっさり出かけては、街なかでうっかり優勝力士を

知ってしまう。

 

ということで、昼から出かけることを目標に、NHKの見逃し配信を視聴…!

 

自分なりに効率よく観ることを心掛けたはずなのだが、

さすが15日間の場所のフィナーレである、14日目と千秋楽。

21歳の熱海富士が再び先頭に立つと、大関としてたった一人

優勝争いに残った貴景勝も、踏ん張りを見せる。

 

そこへまさかの、4人の4敗勢までが最終日に優勝の可能性を

持ち始め―――

 

結果は、特に初めて人生の大舞台に立つ熱海富士にとって

ほろ苦いものになったが、

何を言われようと、大関としての責務を果たそうとした、貴景勝の覚悟、

大関の重圧を気迫で跳ねのけ、勝ち越した豊昇龍にも心震えた。

 

曇り空の昼下がり

 

そして配信を見終えたのは、14時過ぎ―――

力士たちに心の中の拍手を送り続けながら、出かける前にランチでも

と台所へ行ったのがまずかった。

ちょうど昼に食べるものを探しに来た父と、出くわしてしまった。

 

「何か作ってくれないか」

と一言残して、父は部屋へ去った。

 

もちろんその場で断ることは可能だった。

正直、自分が朝晩の食事をつくるのも勘弁してくれ、と思っていて

そこに昼が何のてらいもなく追加されることに、

父に対して「何言ってんだ、この人」ぐらいなテロップが頭の中に流れていた。

 

でも、それを説明するのが面倒で、冷凍庫と冷蔵庫から

牛丼になりそうなものを適当に鍋に流し込んで、15分ほどで完成させた。

 

そしてもやもやしながら、自分の昼ご飯を食べ終えた頃には、

もう「”出かける”ってどこへ?」みたいな気分と時間になっていた。

 

時間と家族の困ったループに、はまってしまったな、と思うと

せっかくの大相撲の感動も、さーっと潮の流れのように引いていく感じがした。

 

こんな時は、夕方が来るのが早い。

降参したように、しばしスマホを眺めたりしていたが、

ふいに、先日職場で付けてしまった服のシミ

(絵の具のようだが、洗っても落ちなかった)を思い出し、

クリーニング屋へ持っていくことにした。

 

外は思いのほか、落ち着いた夕暮れだった。

最近取り壊しのあった区画の向こう側に

個性的な絵みたいな光と雲が、きれいに広がっている。

 

写真を撮っていると、

「どこ行くの?」とおじさんの声がした。

 

父だった。

サンダルをつっかけて、買い物袋を提げている。

昼ご飯を終えてから、どうも近所の店に行ってきたらしい。

 

悪い予感がした。この人が話しかけてくる時は、たいてい何か用件がある。

「頼みがあるんだけどさ」

と、予想に漏れず切り出す父。

 

コピーを取ってきてほしい、ということだったが、

原稿は手元にないようで、すたすた家のほうへ歩き出す。

一息吐いて、私も歩き出す。

今日はこういう日だ―――

 

カラーコピーができるまで

 

家で原稿を渡されてから、また出直した。

空が暮れていく直前の、最大限の明るさと、やっぱり流れる秋の風。

その中を、余計なことは考えないようにさくさくと歩いた。

 

クリーニング屋に寄ってから、ドラッグストアへ向かった。

忘れないうちにコピーを済ませてから、買い物しようと―――

 

コピー機は店の入口にあるのに目立たず、誰も使っていなかった。

10円を入れると、なぜかそのままお釣り口へ落ちていった。

 

仕方なく10円を取ろうとすると、そこには20円余分に入っていた。

誰か前に使用した人が、お釣りを忘れたのだ。

 

周りを見回したが、買い物して出てくる人ばかりだ。

誰かが取りに戻ってくるかも。

父に頼まれたコピーをしながら、そわそわと待ってみたが、

誰も来る様子がない。

 

買い物をしてから、レジの店員に20円を預けておこうか。

しかし、いざ買い物を始めると、その小銭の存在をあっという間に

忘れてしまった。

 

そして買い物を終えて店を出る時に、コピー機を渋い顔で見つめる

少年に気づいた―――

 

もしや、20円を探していたのだろうか。

 

でも、彼はいまコピー機を使っている最中で、

動かない液晶の操作画面を、眉を寄せてじっと見ているのだった。

 

「どうした?大丈夫?」

私はこの子が釣銭を探しに来たのではなさそうなことに、

少しほっとしながら、声をかけた。

 

「うーん、わかんないんだよぉ」

やっとコピー機の画面に背が届くぐらいの少年は、

画面を見つめながら、半分やけになったような声を出した。

 

「カラーコピーしたいのに…」

画面には、カラーか、白黒かを選択するボタンが出ている。

だけどカラーが選択できないようだ。

 

「あれ、おかしいね」と私が言うと、

「お金が…」と少年がつぶやく。

 

「お金が…たぶん…足りない」

恥ずかしそうに、残念そうに彼はうつむいた。

 

10円は入れているが、カラーコピーするにはあと10円必要だった。

「もういいや、カラーじゃなくて」

 

私の中で、その時、ぱっと灯りが点いた気がした。

小さな豆電球かもしれないが、とても明るい光のような。

 

「オッケー、カラーコピーだね。もう一回始めからセットしてみようか」

私はたぶん今日一番明るい声で、少年に呼び掛けた。

 

彼は少し驚いたようだったが、この大人に頼ってみようと思ってくれたみたいだ。

私の言うように、一度終了を押して、10円を機械から取り出した。

 

「オッケー、じゃあ、あと10円。おねえさんがプレゼントするね」

私はポケットから、前のコピー客が忘れていった20円のうち10円を、

少年に渡した。

 

誰かが忘れたお金を、恩着せがましくプレゼント?

でも、一心にコピー機に向かっている少年を前にすると、

そんな言葉が自然に出てきた。

 

レジの店員に渡しそびれたのも、結局こういうことで、

これは誰かが用意してくれたプレゼントだったのではないか―――

 

「ありがとうございます…」

小さな声で少年は言うと、ついに動いたコピー機から

昆虫のようなアニメキャラクターのようなものが描かれた紙を、

恥ずかしそうに取り出した。

 

少年はちょこっとお辞儀らしいものをすると、

あわただしく原稿と、そのコピーを手に、店の出口へ駆けていった。

 

すごくほっとした。

私のほうがお礼を言いたいぐらい、心に平和が広がる瞬間だった。

少年の手元から一瞬見えた、昆虫のようなそのキャラクターは、

緑色のカラーであざやかに出力されていた―――

 

今日は、こういう日だったのだ。