narrative voyage ~旅と今ここを見つめて

多様な世界を感じるままに。人が大切な記憶とつながっていくために。

5月を振り返る ~空白の日々に流れたハワイアンソング

 

白いままのスケジュール帳

 

気づいたら、今月もあとわずか―――

先月の今頃、思い描いていた5月では、

私はもっと外へ出ているはずだった。

 

だけど、連休が過ぎた頃、コロナにかかって文字通り

足止めを食うことになってしまった。

 

体調は未体験のしんどさがあったし、

仕事の繁忙期にある家族にも、ものすごい負担をかけた。

車いすの移動支援を学ぶはずだったガイドヘルパー講座、

お世話になっている方との美術館行きも、土壇場でキャンセル連絡となってしまった。

 

10日ほどでコロナと思われる症状自体は、何とか治まり、

その後ふいに再発した咳もようやく無くなってきて、すでに月末。

一体、今月は何だったんだろう、とスケジュール帳を

あらためて見てみたら―——

 

もともと私の5月後半の予定は、

ガイドヘルパー講座と、美術館行き、

そしてオンラインでのワークショップの振り返り会、

この3つしか入っていなかったのだった。

 

(振り返り会は、月末だったので回復が間に合って参加できた。

これは本当にほっとする時間だった)

 

コロナ前から仕事を探していたので、もちろん決まっていたら、

5月の後半には仕事の予定が入っていたはずだった。

しかし、その割に面接の予定さえ一つもない―――

 

もともと私は自分の過ごしたい5月を、ちゃんと思い描けて

いなかったのではないか、

だからちょっと都心に出た時に、感染などしたのかもしれない。

 

そんな思いが頭をもたげてくるほど、スケジュール帳はかなり

白いままだった。

 

親切な人は、「コロナはかかるときはかかるよ」

と言ってくれるかもしれない。

 

でも、この5月後半のまっさらなページを見ていると、

この余白が、一気に流行り病を引き寄せてしまったような気もして、

落ち着かない気持ちになる。

 

家族に見た “本気の気力”

 

一方、私がコロナ陽性とわかった5月上旬の週末、

同居の妹は、力強く言い切った。

「うつるわけにいかない、仕事があるから」と。

 

その姿勢で連日、仕事に向かい、私の代わりに家事もこなした

彼女の意志の強さ(と元々の身体の強さ)をあらためて思う。

 

2週間経ってみて、誰にもうつらなかったことは本当に感謝すべきだけど、

彼女にとっては、 “5月後半=仕事をする時期” だったのだ。

 

予定としてもそう決まっていたし、心もそうする方向に

しっかり向いていたから、

一つ屋根の下にいても、うつることなく、

連日の仕事をつとめ上げることができた。

 

自分は、昔から「病は気から」という言葉を聞くと、

それは身体が元から強い人や、休めない人からの、

病弱な人に対しての苦言であるように感じるところがあった。

 

でも今回、妹の本気の気力を目の当たりにして、思ったのは―――

 

春にくしゃみを連発するようになった人が、自分では花粉症だと

認めないことで、その状態を食い止めているようなことがあるけれど、

やっぱりそういうこともあるのだ。

 

私は、必ずしも、忙しくしていると常に元気、というわけでもないが、

人間、自分のゴールだったり、成したいことがあるときには

やはり、そういう “気” が根底から発せられるのだろうと思った。

 

自分の思いと流れる歌

 

逆に今月の私には、どうもおかしな “気” が働いたのかもしれず―――

 

連休を過ぎた頃 ——コロナにかかる直前——

私は仕事観をめぐって同居の父と衝突した。

何度もリピートしているこの不毛な現象に、苦しくて仕方なかった。

どこかで息を吐きたかった。

家事も放棄したかった。

 

住まわせてもらいながら失礼を承知で言うと、

普段から苦虫をつぶした表情で、自分の都合のいい時にしか話さない、

話すよりは怒鳴る、否定的な言葉を並べ続けるこの人に、うんざりしていた。

 

この人の顔を見なくて済むところへ行きたい、と思った。

 

その矢先、コロナになったのだった。

だから、ある意味、願いはかなって、2週間ほど顔を見ないで

ほぼ自室で過ごせた、と言える。

 

一人での食事もむしろ寂しくなくて、気楽だった。

無言で暗澹とした顔で、新聞をめくりながら箸を進める父と

対面しなくていい。

 

妹はしばらく前から、朝の無言の食事から離脱し、一人で食べることを選んでいたが、

私はこれまで、そういう父だけど親だから、家族だから

最低でも朝夕は一緒に食べたほうがいい、と思ってきた。

 

でも、今回わかった。自分は無理をしていたのだった―――

 

こんな無理は要らない。

少なくとも、朝から想定される暗い雰囲気の食事に、参加などしなくてもいい。

 

他にも家事関係で、手を抜こうと思ったことがあり、

父にはどう映るかわからないが、それでも自分が無理しないほうを

選んでいったらいい―――

 

5月は、以前滞在したニュージーランドの日々の記憶から、

サモアなどの、太平洋と南半球の海や風や太陽を想像した時間でもあった。

 

月末に参加したオンラインイベントでも、音楽の話になって

そこで日本のコーラスグループの紹介があった。

彼らが歌う動画を見ていったら、懐かしい感じのハワイアンソングがあり、

またこれも、落ち着く自分の風として流れてくれた―――

 

BEGINの「涙そうそう」から生まれた “Ka Nohona Pili Kai”。

オリジナルのケアリィ・レイシェル版で、

今日は、5月の夕方を歩いてみたい。

 

原曲はもう少しスローだった気もしながら、

歌詞の和訳と何より自然体なフラが見られるのが素晴らしく、

この動画を選んでみます。

 

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