narrative voyage ~旅と今ここを見つめて

多様な世界を感じるままに。人が大切な記憶とつながっていくために。

この空の向こうに⑨ ~物言わぬ家電が教えてくれたこと

 

ずっと気になっていたけど、この一週間ぐらいの間に

実際やってみたらすっきりした事があった。

 

ブログのお題になっている

“もっと早くやっておけばよかったと思う事” に相当するので、

書いてみたい。

(ブログをどこで始めるか、アメブロか、はてなブログか、noteか―――

アナログ人間なりに結構考えたのだが、

はてなブログはフレンドリーな雰囲気でいいなと思っている。

メンバーが自由に出題し、誰でもそのテーマで書くことができる「お題」

というのもその一つだ)

 

父の高価な買い物

 

父はめったに物を買わない。

はた目から見てどんなに不便そうな日用品でも、ほぼその物の命が全うされるまで使い切る。

 

洋服も靴も、擦り切れるまで使う。

仕事に使っていた作業着でさえ、隠居の身となった今も、日常着として登場。

その姿で、うちの庭仕事をするので、たまたま近所を通った人は

間違えなく、庭の手入れを業者がやっていると思うに違いない。

 

そんな父が過去数十年をさかのぼっても、明らかに高価で、

無駄な買い物をしてしまった、と思われる唯一の生活家電がある。

 

ドイツのメーカーがつくった堅牢そうな “家庭用スチームクリーナー

という商品で、昭和の時代の掃除機ぐらいの大きさだ。

 

黄色い、まさに掃除機のような本体の背中に、ふたが付いている。

そこに水を入れ、電源ONにすると高圧のスチームが何らかの形で出てきて、

キッチンの油汚れから床掃除、サッシの手入れ、車のシートの掃除、

さらにはスチームアイロンとしても使える、とのこと。

 

なぜ “使えるとのこと” と、伝聞的なのかというと、

父は結局、購入してから5年もの間、全く使用しなかったのだ。

 

何が原因で使用に至らなかったのだろうか。

 

何度か聞いてみたが、テレビの通販で勢いよく買ったものの、

よほど使えない決定的な理由があって、悔しかったのか、

もともと貝のように無口な父から答えはなく、謎のままだ。

 

使えるかもしれない物との格闘

 

昨年あたりに、父はにわかに “終活” のような片づけ方をしはじめ、

部屋にあったいろんな物を処分した。

しかし、その黄色いスチームクリーナーは黄色い箱から

中途半端に顔を出したまま、部屋の隅に置かれ続けた。

 

思い切って、先月末再び、これは使うのか聞いてみると、

「要らねえ」としぶく首を振る。

 

「こんな物、バラバラにして捨てればいいんだ」とも言った。

でも、黄色い箱は変わらず父の部屋にあり続けた。

 

そして今月の連休に、不用品回収業者がトラックで回ってきたので、

私はピンときて、その黄色い箱ごと業者に見てもらった。

 

「何でも引き取りますよ~」と言いながら、彼は箱と本体をざっと見た。

「この型番だと500円です」とのこと。

 

それでもお金になるなら、と引き取りを頼もうとすると、

「500円、お客さんに払ってもらう形です」と言う。

 

まだ使えるかもしれない物を、こっちが払って引き取ってもらう

というのは解せない。

それなりに懸命に仕事しているのかもしれない業者の顔が、

急に、にやついているように見えた。

「やめておきます」と私は丁重に断った。

 

父は無言で庭仕事をしながら、私と業者のやり取りを見ていた。

そのまま、また黄色い箱を父の部屋に戻せば、父はスチームクリーナー

分解して普通ごみに出してしまうかもしれなった。

 

今回あらためて箱から確認した黄色い本体は、つやがあって

ホースなどの部品も箱いっぱいに詰まっていた―――

とてもじゃないけど、分解してごみにしてしまうのは、私には耐えられない。

 

思い切って黄色い箱ごと、2階の自室に運び込んだ。

やはりこれは、メーカー品だし、数年たっていると言っても

未使用だから、売ってみようと思ったのだ。

 

しかし、そこからまた、“面倒” 病みたいな気だるい感じが押し寄せた。

 

こんな大きな物は売れるんだろうか。

そもそも電源は入るんだろうか。

パーツもいろいろあって、写真を撮るのもめんどくさそうだ―――

 

さらに、連休後に自分がコロナになったことで、

黄色い箱は、今度は私の部屋を居所に決めたみたいに、

どっかり腰を下ろしてしまった。

 

こんなことなら、さっさと出品だけでもしておけばよかった―――

 

自室にこもらなければいけない、こんな時に、

それなりに大きく、色的にも存在感たっぷりで

しかも自分は使わないその家電を見つめながら、10日ほど過ごした。

 

思った時が、手放す時

 

でも、そんな時でも朗報はやってくるのだった。

コロナ症状が治まってきた頃、ちょうど私の利用しているフリマサイトが、

新たなキャンペーンをやってくれるという。

 

今月の日曜日、たった1日なのだが、

その日に出品したものが一週間内に売れたら、

販売手数料の半額をポイントとしてプレゼントしてくれる、というものだ―――

 

私は、エンジンをかけられた古いトラクターか何かのように、がぜんやる気が出た。

その限定された日に出品する、という条件が功を奏したようだった。

 

出品デーまで、数日あった。

 

箱のふたを思い切って全開にし、電源コードを取り出した。

コンセントに入れてみると、電源ランプがあざやかに光る。

“まだいけるよ!”と黄色いマシンが応答してくれたようだった。

 

日当たりのいい所で、こまごましたパーツを床に一斉に並べ、

ほこりを拭き取って写真を撮った。

黄色い箱自体も、説明書も予想以上にきれいだったので、それぞれ撮影した。

 

フリマサイトは利用して何年か経つが、出品デーをこんなに待ちわびて

準備できたのは初めてだ。

 

当日、用意した写真と、商品の説明書きを出品画面に載せ、

出品ボタンを押すと―――

 

その日のうちに「いいね」が付いた。

もしかしたら、これは反応が良いのかもしれない、と思ったら

翌日には他の人からコメント欄に質問が来た。

 

そして質問に答えると―――

もうその数分後には

“商品が購入されました”

とのサイトからの通知が飛び込んできた。

 

購入者の方には、安価で未使用の良い商品が手に入ったことを

喜んでいただけた。

 

こんなに長く、少なくとも父から不要だと聞いて

2年は経って、部屋の隅でくすぶっていたあの黄色い物体が、

あっという間に必要としてくれる人の手に渡った。

 

売ると決めて、動いたら―――

時に人生はこんなものなのだろうか。

 

今頃はもう、遠いお宅の掃除に一役買っているかもしれない

スチームクリーナーを思う。

物にも、きっと人にも、それぞれに―――

本来の活躍ができる場があるのだと、あの黄色いマシンは教えてくれた。

 

 

 

お題「もっと早くやっておけばよかったと思う事」