narrative voyage ~旅と今ここを見つめて

多様な世界を感じるままに。人が大切な記憶とつながっていくために。

この空の向こうに⑪ ~愚直に16年、連続出場1090回

 

先週末は東京・両国へ行ってきました。

2年間待っていたイベントのため、国技館へ―――

 

実は相撲が好きなのですが、連続的に見るようになったのは、この8年ほど。

以来ずっと、応援してきた力士が引退、ついに断髪式となったのです。

 

 

伊勢の海部屋の、元関脇・勢(いきおい)です。

 

おととし既に引退して、”春日山親方”となっていたのですが、

コロナ禍で断髪式がなかなか行えませんでした。

 

ついにこの日、2023年6月5日。

「勢引退 春日山襲名披露大相撲」と題して式開催———

 

快晴の日曜日。

今年初めに買ったチケットを握りしめ、国技館に到着しました。

 

入口に立ち並ぶ、伊勢ノ海部屋や一門の所属と思われる力士たち、

そして勢の先輩、甲山親方が、関係者や常連のお客さんに

挨拶する姿が見られ―――

 

そして、本人の笑顔に会えました。

紋付袴姿で、緊張もしているのだろうけど、清々しい表情。

 

髷(まげ)が似合いすぎて、数時間後にはこれが無くなってしまう

とは信じがたいなあ、とファンとしてはセンチな気持ちになる。

 

 

そんな私の後方から、現実的な声が飛ぶ。

「勢、デカイな~!!」

若い男子が驚きを隠せなかった様子。

 

確かに、身長193cm、体重161kgの勢。

隣りで、写真に納まろうとするおばちゃんは、

1/4ぐらいのサイズ、がたいの良いおじさんでも、彼の隣りに立てば

半分ぐらいになってしまう。

 

いつもは優勝額などを飾っているコーナーは、今日は祝賀の花束で

あふれている。

角松敏生さんやTUBE前田さんから届いた花束も発見…!

 

勢といえば、歌である。

歌好きが高じて、今回、カラオケのJOYSOUNDさんやテイチクさんからも、

立派な後援をいただいているほどだ。

プログラムにも ”スペシャルゲスト”の文字を見つけ、期待が高まる。

 

 

午前11時。式はゆるやかに”花相撲”からスタート。

特に勝敗は場所中の成績とは関係なく、興行的に、少しエンタメ的に

行われるので、土俵に上がる力士たちもリラックス。

 

今回私が取った席は、向正面2階イス席だが、1列目にしたので

土俵上からなかなか気持ち良い眺め。

ファンの歓声に応えて、力士たちが手を振ったり笑顔の様子も見える。

 

一人の力士の引退相撲だから、場内の人数は場所中よりぐっと少ないし、

館内はまだまだマスクをしている人が、自分も含めて6割ぐらい。

 

それでも私が前回、場所中に国技館へ来た時は、歓声も出せなかったし

飲食制限もあったから、雰囲気がかなり戻ってきている。

やっぱりいいなあと思う。

 

十両の取組では、先場所から存在感を見せてくれた宮城野部屋の落合を、

生で見られたのが収穫。

スピード出世ゆえ、まだ髷を結うまでに1年ぐらいかかりそうな短髪なのだが、

土俵に立つ姿自体が、もう堂々としていて驚かされる。

 

今日は16時までのタイムテーブル。

何か食べるものを、と席を立って館内を探し歩く。

 

相撲は観戦そのものも良いけど、力士にちなんだお土産や

お弁当だったり、相撲協会のポスター、力士とキャラクターの

コラボ商品なんかを見てまわるのも結構楽しい。

 

通常、大関以上になると企画販売される弁当。この日は勢スペシャルも!

 

ご実家が寿司屋、国技館内でも寿司をプロデュースした勢

 

今日でなくても多分売っている、かつサンドが美味しそうで

買ってしまったが、

席に戻ると、いよいよ断髪式開始のアナウンス―――

 

土俵にはレッドカーペットが十字に敷かれている。

 

はさみを入れるゲストは、250名とのこと。

人数が多いので、切るというよりは、髷の襟足の部分からほんの少しずつ、

たぶん一人当たり、切っても髪の毛数本か。

 

赤いカーペットの十字がクロスしたあたりに、椅子が置かれ、

主役、勢が土俵に上がる。

紋付袴姿は土俵の上で、なお大きく見えた―――

 

 

ついにこの時が来てしまった、と思う。

今や土俵中央の椅子に座り、ハサミを待つのみになった本人の気持ちは

いかばかりか。

 

250名によるハサミ入れが始まった。

NHK大相撲の担当・藤井アナウンサーによって、ゲストは名前と肩書き、

もしくは勢とのつながりを紹介される。

一人一人土俵に上がり、中央にいる勢の背中側に立つ。

 

脇に立っている行司さんから受け取ったハサミを、

勢の髷に遠慮がちに少し入れる。

そして、本人の肩や背中に手を置いたり、二言三言、

何か声をかけて、土俵を降りる。

 

この繰り返しが250名分、続く。

お時間はかかります、とのアナウンスはあったものの―――

 

次のゲストの名前が呼ばれるたびに、こちらは、

芸能人じゃないかとか注意深く聞いたり、

(親しくしているという俳優・谷原章介さんが来たときは

その礼儀の整った様子に心打たれた)

オペラグラスで本人の表情をのぞいて見たり

(これではっきり見られたおかげで、スマホで倍率限度

ギリギリで撮った写真も、後に判別できた)。

2時間ほどが、意外とあっという間に進んでいく。

 

ハサミ入れのゲストは、会社社長や芸能人、スポーツ選手、

学校や病院の先生方から、

より個人的な接点の方々に変わり、

そしてついに、相撲協会関係者や勢の親族へ―――

 

同じくおととし引退し、先月ようやく断髪式にこぎつけた宮城野親方(元横綱白鵬)、

前日の6月4日に髷を切ることができた、鶴竜親方

(元横綱鶴竜)も駆けつけてくれたのだけど―――

 

順番が来て名前を呼ばれたのに、なぜか出てこない鶴竜親方。

鶴竜親方は昨日断髪式だったので、ご挨拶にまだ忙しいのかもしれません」

などと、とっさに機転を効かせる藤井アナウンサー。

 

結局、スタンバイしていた宮城野親方が先に土俵に上がることになり、

あとから、スミマセンという感じでマイペースに登場した鶴竜親方。

こんな日頃の流れと人柄を感じさせる展開も、また微笑ましい。

 

はさみを入れる宮城野親方(元横綱白鵬

 

横綱白鵬への憧れが強く、塩のまき方や仕切りの所作も、

ときに大げさに見えるぐらいコピーしていた勢。

横綱には連敗を喫したものの、たった1度勝てた金星の一番を

「いい相撲」と振り返っており、

その必死な当たりは、私たちファンにとっても大切な思い出だ。

 

そして、勢の弟弟子である錦木。

部屋頭として、後輩として、この日に向けて気力を充実させてきたのだろう。

先場所の土俵では、持ち味である腰の重さと地味な中にも技のキレを見せ、

9勝を挙げた。

今日は式典前に髪結いの実演モデルにもなり、忙しい一日だ。

 

来場所も活躍が期待できそうな錦木

 

どうしても写真を載せたくなったのが、

先場所、膝の手術による3場所の休場を経て、優勝をとげた横綱照ノ富士

場所中の土俵上では、あの白鵬や、前の朝青龍にも劣らない

鬼のような表情を見せるが―――

何て優しいんだろう。

土俵上の声は聞こえないが、想いの伝わってくる手の触れ方である。

 

同時代に観戦できる幸せを感じさせてくれる、横綱照ノ富士 

 

ご両親も、土俵の髷姿の息子に最後の挨拶をした。

大阪でお寿司屋さんをされているお父様は、堂々として背の高い方だ。

お母様は、少しふくよかでお元気そうな感じの方。

 

相撲は1場所15日間とはいえ、1日の取組(試合)は

1人あたり短ければ数秒、長くても3分もあれば終わる。

 

でも、何年か見ていて思うのが、その数秒の中でも

力士は互いの頭で当たり合ったりして、かなり命がけだということだ。

(髷で頭を守っている、という話もあるけど、お互いの体重から

かかる力を考えると、時にそれは不十分かもしれない)

 

鼻血なども珍しいことではないし、技の一つとして突き出した手が、

相手の目に入ることもある。

 

力士のご家族は、息子の活躍を祈りながら日々を過ごし、

またそれは同時に、無事を祈る歳月でもあったと思う。

 

勢も、16年間やってきた中で、満身創痍だった。

足がどう見ても動かなそうなのに休まなかったときは、

お願いだから休んで、と画面に向かって何度思ったか。

連続出場記録、1090回。

とにかく出続けることが自分である、というように

土俵に立ってきた―――

 

www.nikkansports.com

 

今日は涙をこらえているのかもしれないが、

真一文字以上にぎゅっと結んだ口にも、

その長年の踏ん張りが、刻まれているような気がして仕方ない。

 

最後に師匠である伊勢ノ海親方から、止めばさみを入れてもらった勢。

 

16年の現役生活。

人生の半分近くを共にしてきた髷との別れ。

頭は確かに軽くなるけれど、寂しくないと言ったらウソだろう。

 

大いちょうが切り取られた、幕末の藩士みたいなこの姿も

いいなとながめていると、

「愚直に16年やってきたからこその、今日のこの快晴だと思います」と

伊勢ノ海親方が会場に向けて挨拶した。

 

終わってしまうと、半日のこのイベントも、

私が応援してきた8年間もあっという間だ。

 

だけど、その師匠のぼくとつだけど響く言葉を聴けて、

師匠の隣に立ち、ともに実直に頭を下げる勢を見て、

会場から飛び交う、「勢~」「春日山親方がんばれ」の声を聴いて、

思い直す。

 

これは私の、この会場にいる皆の、大切な思い出になる日だ。

そして引退発表をしてからのこの2年、すでに春日山親方だった勢の、

新しい出発の日だ。

 

ありがとう、勢。

 

この場に居られたことにも、本当にありがとう―――

 

花相撲を見つめる子ども。未来の勢になるのかも?

 

Newヘアスタイルの春日山親方に集う、国技館のにぎわい

 

そういえば。

最後を飾ったスペシャルゲストは、角松敏生さんでもTUBE前田さんでもなく、

演歌の大御所・山本譲二さん。

勢が憧れていた方ということで、デュエットもできて幸せそうだったので

良かったかなと。

 

もう一人、サプライズで登場してくれた平原綾香さんが

とにかくExellent!! だったので、またどこかで書けたらと思います。

 

では、本日はこれにて打ち止め―――

 

ご一緒くださって、ありがとうございました。

 

 

 

お題「〇〇が実は大好きです!」