narrative voyage ~旅と今ここを見つめて

多様な世界を感じるままに。人が大切な記憶とつながっていくために。

この空の向こうに⑧ 6人の仏たちとひとすじの煙

 

めちゃくちゃ粋なアートを発見してしまい、焦っている。

 

しかも、その展覧会情報を見つけたのはいいが、

すでに昨年終わってしまっており、

何でこんなに印象的な作品に気づかなかったんだろう、

と地団駄を踏むような気持がした。

 

そのアートとは―——

 

上路市剛(かみじいちたか)さんという現代美術作家がつくった、

精巧な “肖像彫刻” なのだけど、

この人物の持つ不思議な透明感と、見えないものを捉えようとするような

真摯なまなざしに、一目で引き込まれてしまった。

 

 ◆上地市剛「空也上人」2022

 シリコン、FRP、レジン、⼈⽑、他    

 55×25×25㎝

 

私は人物に関して、日頃、あまり“和”の風貌に心ひかれることがなく、

この男性像は、特別な引力を持っているとしか言いようがない。

 

モデルとなっているのは、空也上人(903年~972年)。

 

平安時代中期の951年に、京都東山に六波羅蜜寺を創建、

ひたすらに「南無阿弥陀仏」をとなえる念仏信仰の先駆者で、

当時京都に蔓延していた疫病退散のため、身命を賭した

という僧侶である。

 

空也上人の没後1050年にあたった昨年2022年。

上路市剛さんの展覧会は京都で開催されたということで、

地理的にもとても濃密で、素晴らしい展示になっただろうと想像する。

 

さらに調べると、昨年は東京国立博物館で、六波羅蜜寺にちなんだ

平安から鎌倉時代彫刻の特別展もあったことが判明。

そのレポートを見て、ようやくはっとした。

 

 

そうだ。

空也上人といえば、口から出てくるこの6体の阿弥陀仏たちだった。

おそらく高校時代に日本史の教科書で見たであろう、この木彫像は

空也上人立像」と呼ばれていた。

 

有名すぎる鎌倉時代の仏師・運慶の四男、康勝が制作。

念仏をとなえながら各地を歩いていたと思われる空也上人の

全身を彫り上げた。今にも歩き出しそうである。

 

一方、上路さんの創る空也上人は、いわゆる胸像に留めてあるのだけど、

凛として、新しい “呼吸” だったり、人間の “身体” が持つ美しさを提示する。

 

より生身で、精悍さと若さがあり、骨格も

映画「テルマエ・ロマエ」の人物とまではいかないが

目鼻立ちの通ったところが魅力的だ。

 

瞳も肌も、美しいのだが、とてもじゃないけど触れられる気がしない。

あまりにリアルにそこに存在するからだ。

 

この作品の全体的な印象がつくられる過程である、貴重なメイキングの動画を

作家さんが残しておられるのでご紹介したい。

 

 

動画は全体で8分ほどだが、実際はどれだけの制作時間がかかったのだろう。

 

細部へのこだわりと、手先の器用さがないと実現しない作品であることは

特に5:00~の【植毛】を見るとよく分かる。

 

また、最後7:30~の【DM写真の撮影】で

ほんの数秒流れる煙が、上質な東欧映画のゆらめきを見るようでもあり、

私がこの作品に心ひかれる理由の一つだ。

 

煙は、空也上人の立場になってみれば、念仏であるのかもしれないし

僧侶であっても時には吐露したかった思いや、

人間らしい吐息としての流れかもしれない。

 

疫病であってもパンデミックであっても、それでも人が生きていく―――

そういった時間の感覚であるのかもしれない。

 

6人の仏たちと、ふわーっと出てくる煙。

茫洋と見つめる、現代の空也上人のまなざし。

永遠のスローモーション―――

 

完全に演出勝ちといえばそれまでなのかもしれないが、

いや、格好いい。

 

いつまでも観ていたくなる格好よさである。

 

 

上路さんは6月7日から、都内で個展開催予定。

次回は “洋” の英雄が登場するということで、

新しい世界も、ぜひ拝見したいと思っています。

 

 

 

お題「最近ドキドキしたこと」